外堀は静かに埋められていた。コロナ禍の前に完成していた言論統制の仕組み

いまから10年ほど前、当時一緒に暮らしていた女性から「子宮頸がんワクチンを打ちたい」と相談を受けたことがある。
当時は、コンビニのラックに並ぶ女性誌などで仕切に子宮頸がんワクチンの有用性が謳われていた頃である。彼女も見事にそれに感化されてしまったというところだろう。

私は当時からワクチンというものに対して強い疑念を抱いていた。だから少し強めに難色を示した。すると彼女は「私の体のことを気遣ってはくれないんだ」と不満を露わにした。私はワクチンによる悪影響を心配していたのだが、彼女は自分のカラダの健康が軽視されていると誤解したのだ。

その後、子宮頸がんワクチンを原因とした副反応による健康被害が大問題となったのは皆の知るところだが、それはこの会話のずっと後になってからの話である。

メディアとプラットフォームが仕掛けた「異論排除」の予行演習

時は流れて2019年3月。フェイスブック(現メタ)は、ひっそりとある発表を行った。

「ワクチンに関連する誤った情報の拡散を阻止するための計画の一環として、ワクチンや予防接種に関連する用語を使った検索をすべてブロックする」

さらに彼らは、米メディア「USA TODAY」に対し、偽の健康ニュースや、いわゆる「アンチvaxx(反ワクチン)」と呼ばれる投稿の露出を減らすための具体的な「対策を講じた」とも語った。ここで重要なのは、「ワクチンに対する懐疑的な意見は、たとえ科学的な裏付けや合理的な根拠があろうとも、一切認めない」という点だ。要するに、真偽は問わない。たとえ正しい意見であっても認めない。すなわち「ワクチンに関する意見はとにかくすべて封じる」と言い切ったのだ。これは、明確な言論弾圧の宣言にほかならない。そして同様の規約は、日本国内のSNSにも適用されるようになった。この時期、いろいろな大手SNS運営サイトから、なんでもないいつもの規約変更のお知らせですよ的なメールがひっそりと届いていたのである。

もちろん、悪質なデマや実害を及ぼすフェイクニュースに対する対応や対策が必要であることは言うまでもない。しかし、運営側が定めた特定のキーワードに対して、一律でブロックをかけたり、アルゴリズムによって表示ランクを下げたりする手法には、底知れぬ恐ろしさを感じざるを得ない。

さらには、ワクチンについて個人の意見を書き込んだだけで、そのアカウントの優先度が勝手に下げられてしまう可能性があるとすれば、優秀なものから「ワクチンについては書かない」「目を付けられてBAN されたらヤバい」と考えるようになる。結果として誰も自由に意見を言えなくなり、ネット全体が縮み上がっていく。

もちろんこのような状況はネットの世界に限った話ではない。既存のオールドメディア、特に日本のテレビ局では全く同じ構造が昔から完成している。スポンサーである企業の利益に相反する意見や都合の悪い真実は番組内で流さない。これがニュース番組にまで適用されるのだから、地上波は信用に値しないのである。

 

追記:2020年

さて、ここまでの内容は 2019年の時点で私が書き残していたものだ。当時はまだ、「子宮頸がんワクチンを巡る利権や、プラットフォーム側の一時的な規制強化なのだろう」と、事態を比較的シンプルに捉えていた。しかし、その翌年である 2020年になると、世界中を巻き込んだ「新型コロナウイルス」が大流行したのである。

私は当然にこれらワクチン言動規制のニュースを記憶していた。すべてはこのためだったのかと思い至った瞬間に、強烈な戦慄が走った。

この「騒ぎ」は以前から仕組まれていたものではなかったのか。反論の声をあらかじめ封じ込めるために、用意周到に外堀からしっかりと埋められていたのではないか。
だって人類は、人類の歴史の中で未だにただの「かぜ薬」すら開発できていないのだ。症状を緩和する対症療法薬はあっても、原因ウイルスを根絶する薬を開発するに至ってはいないのだ。それなのに、突如現れた新型コロナのワクチンを、たった数ヶ月という驚異的なスピードで開発し、安全だと言い張って国民に接種し始めたのだ。

私は周囲の身近な人たちに対してのみ、「ワクチンは打たない方がいい」と警告を発した。そして世間が同調圧力に屈して装着していたマスクも、完全に無視して日常生活を過ごした。
当時のそんな私の姿は「単なる浮いてしまっている人」「陰謀論に染まった変人」として映っていたのは言うまでもない。周囲からの冷ややかな視線を感じていたが、そんなもの関係ない。自分のカラダは自分自身で守るしかないのだ。

世界最大のマッチポンプ

マッチポンプとは、自分で火を点けておいて、それを消すことによって利益を得る行為を指す。
単なる風邪を新型コロナと称して悪者に仕立て上げれば、ウイルス対策ワクチンが売れる。
もう売るものがないな、新しいビジネスがしたいな、そう考えたときに思いつく、まったく当たり前の理屈である。致死率1パーセント以下のウイルスなんて脅威ですらないが、メディアが危険だと騒ぎ立てれば国民はそれを鵜吞みにする。
誰も自分のアタマで考えようとはしない。特に日本人はそうゆう風に育てられてきたのだから仕方がないのである。

続く。

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EK

A nomadic rider and editor.
Rides a 2003 Harley-Davidson Road King, flirts with a BMW K1600B.
When not on two wheels, he trades the handlebars for a fishing rod, an airsoft gun, or a camera — always chasing the next adventure.

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