あれはまだバイクに乗る前のいつかの夏のこと。
やっと取れた短い夏休みを避暑地の温泉で過ごそうと、関越道をクルマで北上していた。
走行車線が二車線になって暫らく走ると目的の出口だ。ETCゲートを通過して一般道に出ると、少し気が緩んだのか空腹であることに気が付いた。時計を見るといつのまに午後二時を回っていた。
ちょうどよく街道沿いに手打ちそばの看板を見つけたので、砂利の駐車場に頭からクルマを突っ込んだ。出発してから一度も開けていない窓。車内には冷え切った東京の空気が充満している。エンジンを切ってドアを開けると強烈な夏の日差しが熱かった。暑さを避けるようにしてそば屋の店内に入り、冷たいざるそばを注文する。夏のこの時期、店内のテレビでは当たり前のように甲子園球場が映し出されている。
適当に入った店だったが蕎麦は旨かった。こりゃ確かに手打ちだわ。蕎麦を平らげ満足して席を立ち、代金の支払いをしていると「ウゥゥー」と、テレビのスピーカーからサイレンが鳴り響いた。「甲子園球場本日の第4試合が開始です。勝てばベストエイト進出」と、アナウンサーが告げている。
明日が準々決勝ならあとは準決勝と決勝を残すだけか。高校野球が終わってしまうと夏も終わりのような気がして少し寂しい気分になった。が、外では猛烈な勢いでセミが泣き時雨れている。
確かに夏は今が盛りだが、ほんの少し角度が浅くなった太陽がまるで終わりかけの花火のように微かな秋の気配を感じさせる。常夏の島とは違う、日本の夏の刹那。
クルマに戻ると車内は温室みたいになっていた。熱気を逃す為に窓を開けて走りだすと、エアコンが大きなファンの音と共に冷たい風で車内を掻き回し始めた。
渓谷沿いの曲がりくねった道。少し標高が高いせいだろうか、走り出すと思いのほか気持ちのいい風が車内に流れ込んできた。窓を少し開けたままセミの声を聞きながら走る。熱が抜け切るとオートになっていたエアコンの音が小さくなった。すると遠くの方からサラサラと川の流れる音も聞こえていたことに気付く。
木陰の下を通り過ぎるとき、濃緑の木々がざわざわと揺れる音がして少し懐かしい湿った匂いがした。なんだっけこの匂い。小学生の時にノコギリクワガタを捕りに山へ出かけた早朝の匂い、だろうか。そうこれは多分夏休みの匂いだ。ノスタルジックな記憶が断片的に、しかし鮮明に蘇る。
「うーん、気持ちいいなぁ。」
伸びをしたら自然に右手が天井に当たる。
「この屋根、じゃっまだなぁー。」
手のひらでクルマの天井を思いっきり押してみる。もちろん天井はビクともせず、自分のカラダがシートに沈み込むだけだった。この屋根もいらないけど、一番邪魔なのはフロントガラスだな。そんな訳の分からないことを考えていたら、今度は十六歳の夏の記憶が蘇ってきた。原付の免許を取ってすぐに友達と出掛けたツーリングの記憶。
バイクは先輩から譲り受けた白地に青のストライプの入ったヤマハのRZ50。当時は仙台に住んでいて、確か松島とか石巻の方まで走りに行ったんだっけ。あの頃、すれ違うバイクは皆ピースサインを出してくれた。こちらは原付だったけど、そんなことお構いなしに分け隔てなく上がるピースが嬉しかった。ずっとバイクに乗っていたいと思っていたけれど、十八歳になるとすぐ、皆がそうであったように自分もクルマに夢中になってしまった。だけどあの夏のツーリングは最高だった。そんな事を思い出しながら、自分の中に一つの思いが生じるのを感じていた。
「オレはまたバイクに乗りたい。」
これが、またバイクに乗ることを決めた日の出来事。
次の月曜日、仕事が終わるとすぐに近くの教習所に行って入学手続きを済ませてきた。もちろんバイクの免許を取るためだ。いまから教習所に通っても、免許が取れる頃には夏は終わってしまうだろう。でも焦ることはない。夏はまた来年もやってくる。そして来年の夏は今までとは違う夏になるに違いない。
これから始まる新しい何かにワクワクしていた。
こうしてこの年の秋に大型免許とロードキングを手に入れた私は、「BLOG HARLEY」という名のホームページを立ち上げました。ツーリングや購入したパーツの記録、撮った写真を保存しておくためのブログです。
当時はハーレーのホームページも数える程しかなく、まだミクシィもアメブロもない時代。もちろんブログなんて他になかった。それじゃあということで付けたタイトルがブログハーレー。以来、ずっとブログ書き続けていたらVIRGIN HARLEYという雑誌に連載を戴くことになりました。継続は力なり。すべての人に深く感謝します。
さて、我がロードキングはあれから十万キロを走り切り、さらに日々距離を伸ばし続けています。ハーレーに乗ったら夏の過ごし方くらいは変わるだろうとは思っていましたが、実際には人生そのものが様変わりしました。
これからそんなエキサイティングな毎日の出来事をお届けしていきたいと思いますのでお楽しみに。
ロードキングを選んだ理由
初めてのハーレー。本当はファットボーイを買おうと思っていたんです。ターミネーター2に出てきたファットボーイ。あれに見事に影響されました。ハーレーのカタログを見てもトップページの見開きのファットボーイの写真だけ抜きん出てカッコ良く見えたから、もうコレしかないなと考えていました。
私は楽観主義であると同時に、実は現実主義者でもあります。だから免許もないのに脳内でシミュレーションをしてみました。晴れて自分がファットボーイを購入し、いろんなところへ出掛けていく姿。しかし何故かどうもしっくりきません。たとえば週末の温泉旅行。いったい荷物はどうするのだろう?どう考えてもバッグの類が必要になるに違いないということに気が付きました。
アフターパーツでバッグを取り付けることになるのなら、最初からサドルバッグが付いているモデルの方が良いのではないか?現実的な視点でもう一度カタログを見直してみました。
カ タログのロードキングはウインドシールドと、ボッテリとしたタンデムシートが装着されていて腰高な印象。最初は完全に選択肢から外していたのですが、最終的にはこのモデルを選びました。それは、何日も何日も考え抜いた結果「このバイクは化ける」そう確信したからです。
ロー・アンド・ロングな後ろ下がりの流れるようなラインを作り出せればロードキングはイケル。そうして出来上がったのが下の写真です。ウインドシールドを外してシングルシートを奢るなど、ほんの少し手を加えただけでストリートで映える流麗なイメージになりました。
どこまででも走れそうな安心感はFL直系の系譜ならでは。数泊分の荷物を軽々と飲み込む大容量なサドルバッグは便利なことこの上なし。そして実は峠道でもかなり速い。
もしあなたがまだ車両選びで悩んでいるなのら、ロードキングはいかがですか?
第2話 へ続く
あけましておめでとうございます。
第一話、久しぶりに読むと初回にしては、情景が伝わるとても読みやすい
文章だなと思います。
かなり試行錯誤して、完成させたんだろうなと想像できますね!